安永太地の足るを知る暮らし方

静岡県袋井市で足るを知る暮らしを実践中。

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ソトコト 四角大輔さんのエッセイを読んで。no.393

人はなぜ働くのか。

 

それを考現学してみよう。

(考現学とは、答えがなく考えがまとまっていない問いをただ書いてみる、ということ。)

 

人はなぜ働くのか。

今日、読んだソトコトの四角大輔さんのエッセイにこう書いてあった。

 

日本人は「何のために働くか」ではなく、「仕事のために、お金を稼ぐために生きる」という考え方は、本当に人を幸せにするのだろうか。

仕事やお金はあくまでを幸せな人生をデザインするための「手段」や「ツール」にすぎないのに。

 

何のために働くか、それは幸せな人生をデザインするためだ。

仕事は人生の中でのパーツに過ぎない。

 

僕は今まで、「何のために働くのか」を一生懸命考えていた。

それは「お金や仕事のために人生を犠牲にしている」感から逃げ出したい一心だった。

ただ、「なんとなく人生」から逃げ出したい一心だった。

 

なんのために?

なんの使命をもって?

なににこの命(=時間)を燃やすんだ?

 

そんな問いを持って

「何のために」を探す仕事のたびに出ていた。

 

でも、それが目標が目的化しちゃって

幸せな人生をデザインする。それを忘れちゃってた。

 

 

今は何のために?を追うじゃなくて

仕事は幸せな人生をデザインするパーツである。

だから、

「なんのために」がなくたって

それでいいい。

 

無理に追う必要がない。

仕事は幸せな人生をデザインするパーツってことを忘れないようにしたい。

 

それさえ、忘れなければ、

仕事ってなんでもいいと思う。

明確なビジョンとかなくたってなんだっていいと思う。

 

 

そういう思考になってきた

自分は最近、ちょっと自由になりました♩

 

おしまい。